「漱石の書簡」について
漱石の書簡は、芥川龍之介へのものや妻の鏡子にあてたものなどしかあまり知らなかった。
岩波の「漱石全集」には、2千数百の書簡が残って掲載されており、そのうちの百ほどを岩波文庫に掲載されているものを全部注書も含めて読んだ。
文庫版の初めにある「正岡子規」へ送った20代前半の時の手紙は非常に感動を覚えた。
子規に対する友情のあふれた手紙もあれば、叱咤激励をする手紙もあれば、送ってきた文芸批評に対する容赦ない論鋭く理詰めの怒りの手紙もある。
また、朝日新聞の内部紛争に巻き込まれて、文芸欄を廃止せざるを得なくなった苦痛に満ちた手紙もある。
しかし、やはり十代のころに図書館にこもって読んだ、鏡子夫人と芥川龍之介への手紙は今更ながら感動する。愛情にあふれている。
小宮などの最も親しかった弟子に半ば裏切られて、最後の心以下の作品ができたのも、家庭での落ち着いた執筆環境と久米や芥川にバトンタッチできる喜びがあるからこそであろう。
「汲めども尽きぬ漱石の魅力」とは至言であろう。
私は、東京での挫折の時も最後には漱石の言葉、漱石の精神を感じていたから今日まで生き永らえたのである。それは断言できる。
よくよく噛みしめるべき言葉の多い漱石の書簡である。
(20代の思い出の詰まった 吉祥寺 井の頭公園にて 2020年1月)