君は覚えているかい、新歓夜祭※で初めて出会った時のことを ※河原町通りの広小路校舎で毎年4月29日(祝日)に開催していた

その日私は大学のクラスゼミの催しに参加することにした。それは民事訴訟法が専門の井上教授が教養担当した1回生ゼミであった。

ちょうど、今から数十年前の4月29日、祝日の夕方だった。

夜店を大学の構内に出店することになって、君は自分の女子大グループ数人でやってきた。

何がゲームのようなものをして、私がちょうど担当になって、大学構内を案内することになった。すぐ横が京都御所で喫茶店の青山もあったので、そこでコーヒーを飲むことにした。

私の大学ゼミ仲間2人と君の女子大2人のペアになった。暫時話をして外に出た。別れ際に大学の学生寮の電話番号と名前を聞いて別れた。

ゼミに戻るとまだまだ盛り上がっていて、人手が足らなくなっていて後に仲良くなった I君に随分と怒られたが。私はまだ19歳で、君は18歳であった。

私その時には、まだその大学に残る気はあまりなかった。下宿では、必須科目以外の勉強はしないで、大学への数学で数学、英文法精講で英語の勉強等を主にやっていた。小西の古文研究法も。

慶應大学は補欠で受かっていたから、あまり早慶には興味がなくて滑り止めで受けるかもしれないが、やはり京大を受験し直すつもりであった。

入学金はもう親にはもらえないから、アルバイトも必死になってやった。受験勉強はマタマタ図書館あさりであったが、岡崎公園の府立図書館も府立資料館も性に合わなくて、銀閣寺の私設図書館に通った。

そのような私の生活を君は賛同してくれた。デートは加茂川べりや清水寺等であった。とても楽しかった。会えるのは日曜日だけであったが。

そのままの生活をしていたらよかったのであるが、夏になって君は九州に帰ってしまった。ほぼ2か月。

空虚感が辛かった。孤独も。

友人や親せきに誘われると断れずに遊んでしまった。怠惰だ。

 

秋になって君が帰ってきたが、もう決心は揺らいでしまったことを君に伝えると、大層軽蔑されてしまった。それきりだった。

 

2回生になったときに、今出川で君を見た。追いかけて声をかけたが、もういい人がいるから、と。

 

それだけの事である、この話は。

淡い恋の話で経験であったが、とても懐かしく、私の最後の青春の一コマであった。

 

頻繁にくれた高揚感にあふれる恋する女性の恍惚としたあなたの手紙と嵐山の渡月橋で撮った二人の若い写真はまだあるかもしれない。

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