二十余年の後(母の命日の墓参で母を呼べば心に浮かぶ楽しかった思い出の数々)
先だって母の命日で墓参りをした。
余りに早くしかも急な逝去であった。
繰り返し父の「倒れた母を呼んでも返事をしない」との息せきった秋の早朝の電話を思い出す。
葬儀は盛大になった。ごく自然に中学生からご老体の方々まで、母の棺の前に集まってきた。
これが無理に権力者がやる「国葬」と違う。
徳のある人は自然と人がその人柄をしのび、恩に感謝してあの世に送るのではないか。
そもそも葬儀しなくても墓参りをしたら済む。
母との思いで最も楽しかったのは、やはり母の実家の「丘村」に連れて行ってもらったことである。
母の妹にKさんとSさんがいて、愉快できれいな人であった。大きな家の二階にブランコがあって遊んでもらった。
母は長女であったから、かなり年が離れていて、「お姉さん」のようでもあった。
母の母、つまり祖母もとても大事にしてくれた。
栗ご飯やすき焼きを食べさせてくれた。私の育った中川の家にはなかった御馳走であった。
また、母との思い出で楽しく思い出すのは、「中の平」などへ連れて行ってもらって、農作業の少しだけ手伝いをすると、褒めてもらって「大きなおにぎり」をご褒美にもらうことであった。
母はその長年にわたって調理師の資格も取って、教職員や学校生徒の寮母となったことからも分かるように、料理の腕前は抜群であった。
郷土料理から今風の料理まで何でもこなした。
しかし、私は母の創った素朴な「ぼたもち」や「おにぎり」が最高に好きだった。
外にも、たくさんのことが心に浮かんだ。
そのどれもが、私が墓前に来たこと知って母があの「おにぎり」のように、私に与えてくれたような気がした。
微笑みながら。
やはり、いまだに母は私が心配で見守っていてくれているのだ。
ありがとうございます。、お母さん。